節分と言えば、「鬼は~外!福は~うち!」と、言いながら鬼のお面をかぶったお父さんに豆をぶつける行事。

 

そんなイメージがありませんか?最近では、豆では無くお菓子を鬼に投げて鬼退治をする家庭や地域が出てきて、子供が大好きな行事になりつつあります。

 

我が家の場合は、娘が保育園で鬼に1口ゼリーを投げて大はしゃぎ!「家でも節分をするよー」と言ってから、豆を見た時のテンションの落差が激しすぎて、その時の顔が今でも忘れられません。

 

娘「鬼ーー!!鬼!ゼリー投げる!ゼリーは?」

母「うちはゼリーじゃないよ。はい豆」

娘「(´・ω・`)」

 

その後もテンションの低い娘と、なんとか節分が終わりました。が、娘から「ママー!ゼリーないの?」「どうして?」「なんで豆なの?」と質問攻めに(;^ω^)

 

「よく考えてみると、私も何で豆を投げるのか分からない!」と、思い調べてみました。すると、節分にはちゃんと豆をまく理由がある事を知りました。

日本の文化に触れられて、結構面白かったです(^^)

 

今回は、節分についての事や歴史、豆をまく理由などを調べてまとめましたので、子供に説明する時の参考にしてみて下さいね。


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節分って何?

節分とは、元々は季節の始めに行っていた行事です。昔は、立春・立夏・立秋・立冬の前日に節分をしていました。元々は「季ける」行事で節分としていましたが、月日が経ち江戸時代には節分と言えば立春(2月4日頃)の前日となっていったのです。

 

因みに、旧暦で立春は正月を意味し、その前日の節分は大晦日にあたります。そして、季節の変わり目には鬼(邪気)が出ると考えられてきたので「鬼(邪気)を祓って、新たな季節を迎えよう!」とされ、節分を行っていました。

 

つまり、当時の立春の節分は季節の変わり目だけではなく「1年の鬼(邪気)を祓う」と言う意味のある大切な行事だったのです。

 

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楽しい行事が1年に4回もあるなんて、少し羨ましいです。でも、どうやって鬼を祓っていたんだろう?

節分の原型になった儀式!追儺(ついな)とは?

 追儺が日本で行われ始めたのは、平安時代だと言われています。

追儺は、元々は日本独自の儀式では無く、飛鳥時代に遣唐使から病気を引き起こす、目に見えない悪い鬼を追い払う儀式が伝わりました。

 

703年に疫病が流行り、多くの死者が出ました。そして、遣唐使から伝わった追儺を参考に、鬼払いが行われ、その後の平安時代になると陰陽師たちの手でやり方が整えられ、儀式の形が出来上がったのです。

 

その方法とは、簡単に説明すると【鬼を追い払う専門の人と、宮中のお偉いさん達がタッグを組み、「鬼祓い・鬼は退散・鬼は外」などの意味がある言葉を言いながら盛大に音を鳴らし、弓矢を引いて鬼を追い払う】と、いう儀式です。

★追儺のやり方

  1. 子供が牛を引く人形を屋敷の門に置く
  2. 武器を持ち、儀式用の正装をした方相氏が場を清める特殊な方法で宮中を歩く
  3. 皇族や大臣が桃の木で出来た弓矢を持ち、従者を連れて方相氏の後ろを歩く
  4. 陰陽師が祭文を読む
  5. 祭文を読み終わった後、方相氏が「鬼やらい鬼やらい」と叫ぶ
  6. でんでん太鼓を鳴らしながら皇族・大臣やその従者たちが弓矢を引き、鬼を退治する

※方相氏→鬼を追い払う役の人

元々は、この様に宮中で行われていた儀式でしたが、「季節の変わり目や1年の邪気を追い払う」行事が庶民の間でも行われる様になってきました。それが、節分に行う豆まきです。

 

しかし、方相氏はとても恐ろしい見た目をしていて恐れられてきました。その為、9世紀ごろには逆に祓われてしまう立場になってしまったのです。

 

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元々は、宮中の邪気を祓う儀式だったんだね。それが何で豆まきになったんだろう?


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なぜ、節分に豆をまくのか?

元々、日本には追儺とは別に「豆打ち」という行事が季節の分かれ目にありました。農業が中心だった当時の日本では、大豆に限らず穀物全てに精霊が宿っていて、その力で悪霊を退散できると考えられていたのです。また、「豆を鬼の目に投げて滅する」つまり魔目・魔滅(まめ)と語呂が良いからとも伝えられています。

 

つまり、追儺の「季節の変わり目に出てくる、病気を司る鬼をやっつける」この行事が庶民に伝わり、いつしか元々あった豆打ちと混合される様になったのです。

 

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今の節分は、元々あった行事「豆打ち」と宮中の行事「追儺」が混ざった行事だったんだね~

鬼は外・福はうちとは?

豆をまくときに「鬼は外、福はうち」って言いますよね?そもそも鬼って、何でしょう?実は「鬼」と言うのは、追儺が始まった時に流行った天然痘の事です。

 

当時は、天然痘が流行しその症状にかかると幼い子供は、皮膚が赤くなったそうなのです。その赤くなった状態を「赤鬼」と言い、恐れました。つまり、幼い子を天然痘などの病気から守る為に「【鬼(病気)は外へ福(健康)はうちへ】となった」と、伝えられています。

 

しかし、地域によっては鬼は神の使いと考えられている所もあり「福はうち、鬼もうち」「福はうち、福はうち」と言い豆をまく地域もあります。

 

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病気から、家族を守るための掛け声だったんだね!今までは何となく言ってたけど、今度からは意識をして言ってみようかな?


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豆を年の数だけ食べる理由とは?

豆に限らず、穀物は精霊が宿るありがたい物でした。その中でも、鬼を追い払った豆は「福豆」と言われ、年の数だけ食べると病気にならないで元気に過ごせると信じられてきたのです。

 

昔の日本は、数え年と言う方法で年を数えていました。その方法とは、生まれた瞬間に1歳と考え、年が明けると強制的に全員が年を取ります。つまり、大晦日に赤ちゃんが生まれると、その子は生まれた瞬間に1歳になり、その次の日には年が明けるので2歳になります。

(実際には、生まれて2日しか経っていませんが2歳です)

 

元々、節分は大晦日に行っていた行事です。節分が終わると年を越して、国中の人が一斉に年を取ります。そこで「前の年の鬼を祓い、次の年も健康に過ごせる様に」と、願いを込めてありがたい豆を大晦日に食べる文化が出来たのです。

因みに、年の数よりも1つ多く豆を食べる地域もあるみたいですよ(^^)。

 

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「次の年も元気で過ごせますように」って願いを込め、福を取り入れる為に豆を食べていたんだね


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終わりに

節分の事について、分かった事があります。それは「鬼=病気」「福・幸せ=健康」なのだなと知りました。今は医療が発展していますが、昔の人にとっては病気になると生死の問題になるので、様々な方法で病気にならない様にしていたのですね。

★節分のまとめ

  • 節分は昔の大晦日だった。
  • 節分は、病気にならないで元気に過ごせるようにするための儀式だった。
  • 「豆まき」と鬼を追い払う儀式「追儺」は、元々は違う行事だった。

 

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今までは「福=お金持ち・○○が手に入る・願いが叶う」の様に考えていましたが、考えを改めてみようと思いました。

 

※この記事は、あくまでもネットの情報を参考に独自の解釈でまとめたものですので、事実と異なる場合があります。ご理解の上お読みくださいませ。

主な参考元

ウィキペディア:https://ja.wikipedia.org/wiki/節分

神社・神道の世界を学ぶためのブログ:https://kizinonakime.com/yoshidazinjya-setubunsai-3478


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